TV・歴史番組(歴史探偵 楠木正成)
以下、自分用備忘録です。
- 歴史探偵 楠木正成
- 4月9日(水)22:00~22:45(NHK総合)
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https://www.nhk.jp/p/rekishi-tantei/ts/VR22V15XWL/episode/te/14ZQKKK9ZV/
- 南北朝のヒーロー、楠木正成。時代を変えた強さの秘密に迫ります。
追記:
TV・歴史番組(歴史探偵 楠木正成) 続き - Starting Small
室町時代初期(南北朝時代)にまつわる本など 追記(6)
過去記事まとめ:
- 室町時代初期(南北朝時代)にまつわる本など
- その当時、心に残った本の話
- その当時、心に残った本の話
- 室町時代初期(南北朝時代)にまつわる本など 追記
- (苦手意識ある)公家さん界隈の本を追記した話
- (苦手意識ある)公家さん界隈の本を追記した話
- 室町時代初期(南北朝時代)にまつわる本など 追記(2)
- 夢中問答集と愚管抄については書けなかったという話
- 夢中問答集と愚管抄については書けなかったという話
- 室町時代初期(南北朝時代)にまつわる本など 追記(3)
- 夢中問答集の続き、為政者の視点の話
- 夢中問答集の続き、為政者の視点の話
- 室町時代初期(南北朝時代)にまつわる本など 追記(4)
- 夢中問答集の続き、中世と近世の断層の話
- 夢中問答集の続き、中世と近世の断層の話
- 室町時代初期(南北朝時代)にまつわる本など 追記(5)
- 網野先生の本に触れていないのは何故?の話
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今日の話は(3)の続き。
夢窓さんの立ち位置に関する中間整理。
以下、自分用備忘録です。
(今までになく、「雑」のレベル感がすごい・・・意味不明でごめんなさい・・・)
以下は・・・「派」ではなくて、「漢字」で分けるとこうなる・・・の表。
| 大覚 | 蘭渓道隆 | 元/道 | ||||
| 古林 | 仏光 | 無学祖元 | 恵/一/正 | 恵源 | 正続院 | 月山希一 天岸恵広 |
| 仏国 | 高峰顕日 | 妙 | 妙義 | 浄妙寺 (妙心寺) |
無礙妙謙 宗峰妙超 (春屋妙葩) |
|
| 大燈 | 宗峰妙超 | 応/灯/関 | 関山慧玄 | |||
| 大慧 | 夢窓 | 夢窓疎石 | 周/中/等 | 等持院 | 義堂周信 絶海中津 |
なお、この先、全て、私個人の妄想です。
- 夢窓国師関連
- 色々と追っていて、少し(本当にほんの少し)分かってきたこととしては・・・
夢窓国師は、大慧派だったということが、他の方々との大きな違い、かもしれない。
日本を超えたところで生じていたかもしれない、中国での大慧派と古林派の立ち位置の相違が、日本で微妙な状況を生み出しているようないないような・・・
大慧派の考えは、夢中問答集にも、色濃く反映されているような感じがして・・・
結局、夢中問答集を読んでいて、私の頭がこんがらがりがちだったのは、それによるところが大きいのかもしれない、と、今更気づく・・・
一方で・・・夢窓さんが大慧さんを師とする選択をしたことについては、そこに強い意思を感じる。
そして、過去からの逆算には全く意味がないというのは分かりつつも・・・、
結局、この夢窓さんの生き方こそが、高峰顕日さんが敢えて夢窓さんを後継者としたことにつながっているのかもしれない、という感じもしなくはない・・・。
「伝衣山」黄梅院・・・。
でも・・・本当のところはよく分からない。
それでも、話を前に進めると・・・
前に、高峰顕日さんのバックグラウンドについて、少しだけ触れたことがあるけれど、結局、その話がここにつながるような気もする・・・。
伝衣に託した想い。は、南北朝統一か?いや、さすがにそれはないとしても・・・
いずれにしても、高峰顕日さん自身は、自身の出自ゆえに、徹底して隠遁しつつも、夢窓さんには、自身では実現できない何かを・・・託せる何かを見出だしていたのではないか・・・。
・・・と、また、どうしようもない妄想をグタグタと書いてしまったけれど、この話については、私自身が、まだ今は実感をもって語れるほど頭が整理されてないので、その時期がきたら、また触れたいと思う。 - 春屋妙葩さんは夢窓派であることは周知の事実だが、系字的には別系統。もしかすると、夢窓さんが高峰顕日さんに対して控えめにされていらした時期にお弟子さんになられたので、こういうことになっているのかもしれない(本件、未調査)
でも、もしかしたら、そのことが、春屋妙葩さんの凄さにつながっているのかもしれない(これも、ただの妄想)。
実はこのときの最後に書いた話も、彼の話ではあり、実務能力の高さ、本当に素晴らしい方だったのではないか、と思う・・・。 - 妙心寺の妙は、宗峰妙超の妙。
上記の表では、一旦漢字で分類しているから、違うところに書いているが・・・
ちなみに、彼は、天龍寺の、あの10人に入らなかった・・・。
ここに、明確な断絶を見る。(これは、多分、某日記などから察するに、妄想ではなさそう・・・) - 光厳天皇の灯のお話、上の表を作っていて、はじめて、少しだけ理解できたかもしれない・・・。
花園天皇の意思を継ぐ・・・
でも、それは、(夢中問答集とセットと言われる)宝積経要品の中で、直義さんが密かに埋め込んだメッセージとも一致する気がするけど・・・。
・・・えっ???
でも、それって矛盾するような・・・
(ここの部分、超混乱中・・・。現時点で未解決。)
- 色々と追っていて、少し(本当にほんの少し)分かってきたこととしては・・・
- 足利家関連
- 尊氏さん/義詮さんのお寺問題のあれこれが、まだ未解決。
でも、さすがに、尊氏さん、常在光院ということは、ないのでは・・・私でさえも、そう思う。
(↑義詮さんへの伝言) - 浄妙寺の妙に、ずっと気づかなかった・・・申し訳ない。
ただ、ここの類推には、他とは違って、若干の飛躍が含まれていることは理解しており、これであってるか、若干自信ないから、もう少し再調査が必要。 - 義満さんは、法名を途中で変えてた。途中で、中国の道義さんにあわせたのかな?
- 基氏さんは、法名が2パターンある。どちらが正しいのか?
但し、片方は、後世からの逆算疑惑はある。
(その先、おうちがぐたぐたになるが、それでも、どうにか、江戸時代まで同じ系字が引き継がれるような形にしたのか?結果的には明治時代まで続いている。)
氏満さん、満兼さんあたりも、何か変な感じだが、未整理。
- 尊氏さん/義詮さんのお寺問題のあれこれが、まだ未解決。
大幅に間違っている可能性ありだけど、調べてるときりがないから、一旦、中間整理として、このタイミングでアップしてみた。
ちゃんと調べ終わったら、随時更新予定。
まだ、師直さんとか、上杉家あれこれも書けてないし・・・
ちなみに、今回、資料を読んでいたら、師直さんがお坊さんに断られる話に関して、今までに存じ上げていた話とは、全く別の話が、また出てきた。
これは・・・しんどそう・・・
ご本人が寺社に対して厳しい態度であったことなども影響しているのかもしれず、やむを得ないのかもしれないが・・・
玉村氏の某書籍を入手できたら、上の妄想のもろもろ、一気に解決するのかもなぁ・・・と思いつつ、まだ読めず・・・
山梨県立博物館 特別展(開館20周年記念 山梨の禅宗文化)
以下、自分用備忘録です。
政子さんのちょっと後、東福寺よりは早い。
来年と言えば・・・栃木のうわさは本当なのかな・・・県博?さくら?
上杉文華館(謙信・景勝に手紙を出す)
以下、自分用備忘録です。
これ、全部行きたい・・・どこでもドアが手に入らないので、もう、引っ越すか・・・
- 上杉文華館
- 謙信・景勝に手紙を出す
- 令和7年度
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https://www.denkoku-no-mori.yonezawa.yamagata.jp/uesugi_bunkakan.htm
- 2025年度の上杉文華館は「謙信・景勝に手紙を書く」と題して、国宝「上杉家文書」などを展示します。
戦国時代、書状は一定の規則に則って書かれました。このような規則を書札礼(しょさつれい)といい、差出人と受取人の関係が反映されていました。それをまとめた書札礼書も作られました。そこには差出者の社会的地位に応じた規範が示されています。その適用は厳密であり、ゆえに実際の書状の書き方から両者の関係を知ることもできます。東国の大名間では、差出は実名(じつみょう)に花押(かおう)、宛名は名字(みょうじ)に殿の尊称という表記が、原則的に対等な関係を示していました。特別な内容や礼状などでは、宛名に「謹上(きんじょう)」のような上所(じょうしょ)、差出の実名に官途(かんと)や姓などを加えて厚礼とし、より丁寧な気持ちを表すこともありました。
永禄(えいろく)4年(1561)、謙信(長尾景虎)は上杉憲政(のりまさ)から名跡(みょうせき)と関東管領(かんとうかんれい)の地位を譲られ、上杉氏を名乗ったことはよく知られています。これによって謙信、景勝はその地位に応じた書状を受け取ることになりました。宛名には、「上杉殿」や「上杉弾正少弼殿(だんじょうしょうひつ)」などの名字(みょうじ)を冠したもの、「山内殿(やまのうちどの)」や「越府(えっぷ)」、「春日山」などの地名を記すもの、また本人ではなく、報告を求めて側近に宛てたものなどがみられます。これらは差出人の立場によって選ばれますが、その基準をみていくことで、謙信や景勝の地位、諸大名家の権力構造、東国社会の変容などがみえてくると思われます。2025年度はこの解明に取り組んでいきます。
3/25(火)~4/22(火)
第1回「上杉殿と上杉弾正少弼殿」
4/24(木)~5/27(火)第2回「上杉と山内」
5/29(木)~6/24(火)第3回「山内殿【1】…関東」
6/26(木)~7/22(火)第4回「山内殿【2】…南奥羽」
7/24(木)~8/26(火)第5回「山内殿【3】…飛騨」
8/28(木)~9/23(火祝)第6回「地名に送る」
9/25(木)~10/21(火)第7回「大名家の事情【1】…北条氏」
10/23(木)~11/25(火)第8回「大名家の事情【2】…佐竹氏」
11/27(木)~12/21(日)第9回「大名家の事情【3】…武田氏」
12/23(火)~2026/1/25(日)第10回「大名家の事情【4】…葦名氏」
1/27(火)~2/23(月祝)第11回「大名家の事情【5】…主人と家臣」
2/25(水)~3/29(日)第12回「山内殿の終焉」
鎌倉国宝館 展覧会(2025年度)
以下、自分用備忘録です。
夏だけは鎌倉行ったことないが、どんな感じなのだろう・・・
坂が多いからきついか・・・
しかも、夏休みだから混むのかな・・・
でも、こもんじょは見たい・・・
ワンセグ(フルセグ)携帯
携帯が壊れたので、新しい携帯に変えようとしたのだが、そこで問題が・・・
ワンセグ(フルセグ)携帯は、生産終了しており・・・
私にとって、それは命綱・・・
ーーー
3・11の経験から、私がしていたことは、以下の3つ。
これらは、平時には、いらない、というのは、分かっている。
だから、ここまでコンサバに、通信回線と自分の心を信用しない、のは、やりすぎだと思う。
けれど、不安症的な人間というものは・・・と、諦めて、毎日を生きている。
- 携帯は、電波受信できるものにする(ワンセグ・フルセグ)
- 情報のない不安から逃れるために
- 情報のない不安から逃れるために
- 面倒でも、小銭の入った財布を持ち歩く
- 連絡がとれない不安から逃れるために
- 連絡がとれない不安から逃れるために
- 自分を見つめることで、自分から離れる方法を持つ
- 自然による圧倒的な暴力を目の前にしたときの、とらえようのない悲しみから逃れるために
ーーー
ワンセグ(フルセグ)携帯だけは、生産続けてほしかった。
自分では、どうすることもできず・・・
中古のものを使うか・・・
LINEに、Facebookアカウントでログインしている人が、他のスマホに乗り換えるとき
もう、こんなことをしている人はいないと思われるが・・・
LINEに、Facebookアカウントでログインしている人は、
旧スマホが動かない場合、アカウント移行手段はない。
何もできない。
とにかく、旧スマホをどうにかして動かすしかない。
(サポートなどにも問い合わせたが、どうしようもない、としか言われない。)
旧スマホをどうにかして動かす方法は、前回書いてみた。
ーーー
私は、普通の人よりも、だいぶコンサバだと思う。
一方で、もしかすると・・・
行き過ぎたコンサバは、逆にラジカルになってしまうので、コンサバとは言わないのかも、と、最近思ったりしてはいるが・・・。
(最近、某歴史上の人物の行動を追っていくと、特にそう感じたりもしているが・・・その話は、また今度・・・)
今まで、LINEに、当たり障りのない情報しか渡したくなくて、ずっと、Facebookアカウント(あまり使わないもの)で、ログインしていた。
自分からは見えない場所に、電話番号などを渡すという行為には、心理的に負担がかかってしまう。
私のような不安症の人は・・・。
でも、もう、不安だから、と、逃げられる状況ではないらしい。
無償で使っている限り、仕方ない、か・・・
TV番組(英雄たちの選択 シリーズ 知られざる島の歴史旅 (1)八丈島 絶海の孤島に流された武士)
久しぶりの秀家さん。
私、ちょうど、今週から、「宇喜多の捨て嫁」を読み始めたところでして・・・
このタイミングでのTV番組・・・奇遇ですね(?)
以下、自分用備忘録です。
- 英雄たちの選択 シリーズ 知られざる島の歴史旅 (1)八丈島 絶海の孤島に流された武士
- 3月24日(月)11:00〜12:00(NHK BS) ※昨年の再放送
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https://www.nhk.jp/p/heroes/ts/2QVXZQV7NM/episode/te/ZNWV8XKLGQ/
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島々の歴史を探る旅シリーズ第一回。八丈島は戦国武将の宇喜多秀家が島流しにされてから江戸時代の流刑地に。死罪より過酷といわれるが流刑者は意外な生き方をしていた。
島々の歴史を探る旅シリーズ。第一回は八丈島。関ヶ原の戦いに敗れた宇喜多秀家が徳川家康により島流しにされてから流刑地になった八丈島。江戸時代におよそ1900人が渡った。生涯を島に閉じ込められる流罪は死罪より過酷とさえいわれるが、流刑者は意外な人生を歩んでいた。宇喜多秀家や最後の流人となった旗本の近藤富蔵が、八丈島の人々に囲まれて生きた姿をたどると、単なる懲らしめではなかった刑罰の実像が見えてくる。